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【Webサイト】人と、土地と、そして歴史 [パソコン・インターネット]

朱色会.tecより、つづき。

1.いま、わたしが住んでいるところの変遷

西千葉(千葉大学周辺)の、航空写真(1946)
一直線は、京成線である。そして、現在の14号から下は、海だったのだ(驚
もちろん。私はまだこの世に存在していない。。
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翌年。(1947)現千葉キャンパスがつくられつつある。坂の下は、「海」。

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現在の校舎とはまったくことなる賽の目レイアウトなことがわかる

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上空から。(1948)校舎が文字のようだ。

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同1955。海では、海苔の養殖だろうか・・

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さらに上空から。たんぼと海以外、千葉にはなにもなかったのだ。

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(1955)。 やっとすこしの住宅と、そしてロータリーの池(現在は土)が見える。

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同1961。まだ、私は存在していない。。。帆掛け舟のようなものがたくさん確認できる。

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同1965。キャンパスのレイアウトが、クロス型になり始めた。
・・・そして、坂の下の<海>が、<陸>になりはじめた。この年より、
14号より下の海が埋められていった。

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翌1966の<京葉道ー幕張インターチェンジ(建設中)!>よりそう家と、田んぼの海
(下は本当の海。

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高度経済成長時。人間の威容(異様)ともいえる力を感じる航空写真だ(1970
現在の幕張の地は、人間によってつくられたものなのだ。

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1970。千葉キャンパス。現在のクロスレイアウトにかなり近い。

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埋め立てが進んでいることがわかる(↓

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1974。

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1983。埋め立てられた土地には、人が住む家、そして人が働き・楽しむ施設が建設されている。
いまも。

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2.わたしのふるさと

秋田市・新屋元町の、1962年の上空から。
・・・新橋が、なんと建設中だ。。

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お気づきだろうか?河に色がついているのを。
新屋は当時某製紙会社の企業城下町。
ときは高度経済成長の真っ只中。環境よりも町の反映と成長が優先された。

河の色はコーラ色だった。。そして、夏のあの匂いは、いまも記憶に残っている。

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1975

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3.現在の実家(仙台)の変遷

1971。
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1975
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1984
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1997。
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仙台(実家周辺)の宅地造成の変遷をごらんいただいた。
わたしたちは「海、川、山を喰らって」いかざるを得ない。。

人の繁栄とは、何かを失いながら、何かを得ている。このことは

認識しているひつようは
ある。

↓自分の生きている、または、ふるさとや縁の地の変遷を見てみたい人は
朱色会.tecにWebリンクをおきましたのでご覧ください。

校了


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