So-net無料ブログ作成
検索選択

【2010-19th】District 9(邦題:第9地区):★★★★★ [映画(た]

人類が潰えるとき、もし地球に200個の遺物を遺すことを許されるならば、私は200本のフィルム(映画)を後世に遺したい。
映画とは人類の感性の成長の証左であるからだ。もちろんそれは、「観てもらう」ためである。
district9tease.jpg

・・・本編は、その200本の一本といっても過言ではないだろう(以下、取材中。

http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id335765/

カントクは、この人。「ニール・ブロンカンプ」 。
2009_district_9_008.jpg

鑑賞記:「こども」の扱われ方

1.「新しい」宇宙人たち

いままでのSF映画に登場した宇宙人とはことなる風変わりな者たちが、この作品には登場する。

すなわち、「野良宙人」である
district9.01.jpg

地球のしきたりは、彼らには通用しない
でもそれは当然だろう。<地球上の常識は、地球外での非常識>だからだ

2.<異形なものたち>と、分かり合える勇気(ちから)

彼はその能力が他よりは抜きんでいたため、抜擢され努力したのだが・・・
(「分」は意訳なのでねんのため。)

 

2009_district_9_004.jpg

2009_district_9_006.jpg

ヤツらは、確実に「頭」(脳)を狙ってくる

・・・のがこの映画のこまやかな処。武器に罪はないからだ

 

2009_district_9_013.jpg

3.<大きな仕事>に必要なこと

それは、仕事の受け継ぎ方とその用い方につきる。
「両者」の違いは、この映画をみてご確認頂きたいことのひとつだ。

利用と重用は違うし、「宝」の扱われ方もまったくちがう。
2009_district_9_007.jpg
本編の<被害者> 地球側の一般人の代表をあらわす。

わたしたちは彼らほど、「聡明」に成れるだろうか?
・・・見通しは暗い。

district_9_new_image-5.jpg

・・このブログを読み進めてくれた賢明なる読者はもうお気づきだろうが。。

野良宙人」とは、<われわれ>のことである。
2009_district_9_001.jpg

どの「星」からも相手にされないアブないものたちが棲む星。それが<我が地球>なのだ
2009_district_9_015.jpg

ヴぉおぉぉおぉおおおおおおおおン(サ・ヨ・ナ・ラ)(校了
district-9-trailer.jpg

彼らが去っても去らなくても、<私たちの問題>は依然として在る

自らの<課題>を解決せずに
どうして「船」を操る力を授けられようか?
ーー 朱色会 ーー

お休み。


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 2

マサル

この作品、私は朱色会さんのような「現実の問題」への想起や置き換えを行わず(行えず)、単純なエンターテインメント映画として楽しみました。もうとびっきり楽しい「遊園地映画」として。(^^;
アバターがアカデミー作品賞を獲れなかった理由が、この映画を観て分かった気がします。同じ分野にこんな面白い作品があるんじゃあ、どっちを選んでも「あっちのほうが...」ってなりそうですから。
by マサル (2010-04-30 07:55) 

朱色会

マサルさんコメントどうも。

ミカタは「人それぞれ」です。各々が楽しめる楽しめ方ができればいいのです。原作の延長線+プロデューサーの思惑が垣間見えるのですがいかがでしょう?

人間の醜さと美しさや素晴らしさ。映画とはその表現物のひとつですね。
by 朱色会 (2010-05-05 20:28) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0