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【790節:映画】シン・ゴジラ:★★★★ [映画(さ]

鑑賞記:「半世紀を超えて私たちの胸に居座るゴジラとは何物か?」

シン・ゴジラを鑑賞。庵野総監督自身も自らの作品のリメイクで
シン・エヴァンゲリオン劇場版を過去描いている。果たして、シン・ゴジラのシンとは
如何なる漢字が当てはまるのであろうか?
そのような疑問を抱きつつ、あまり事前情報を入れずに映画館へ赴いた。
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(2016年のG:鑑賞後、レビュー前にオリジナルのゴジラを鑑賞したあと
 この文を書いています。)

1.ゴジラとは、「現実の脅威」の象徴

自然のもの・人工のものを問わず
一度、その姿を現し、そのものが現れると、私たち人間に
できることはそれが行う行為から避難をするだけが許されており、
そしてそれが静まり、どこかにいなくなるまで私たちは
「それがおこなうこと」をただ黙視するしかないもの・・
それは何?という問いに対して私たち人類は
いくつかの『答え』を云うことができる。

古来、竜巻は文字通り竜であった。
そして台風は風神の仕業とされた。
そして時は流れ、自然のものだけであったそのあるものとは
自然以外のもの、つまり人間(の行為)がその原因の一端を成すもの
が加えられることとなった。

2011年3月11日以降に、その答えが増えたことは
まだ記憶に新しいし、その後もいくつか増えている。
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私が生まれる10年以上前になるが
1954年に、ある作品がこの世に生まれた。「ゴジラ」である。

2.二ホンの(現在の)有様を、ゴジラを使って描く

映画の目的とは、人間と人間たちを描くことにある。
その説明のため、あるいは説法に集まってもらうために何を
用意するのかということになる。

例えば、怪獣やゾンビを出してもその表現だけでは観客は
飽きてしまうのである。その対象に反応する人間の有様を描く
ことで初めて観客は作品と同化を果たす。

この作品を劇場で見たとき、もちろんその場はほぼ緊張感に張りつめた
ものであったが、ときどき、笑いが起きていた。この笑いの対象は
もちろん日本に再来してくれたゴジラではなくて
それに反応する私たち日本人(の組織)に対するものであった。

どのような対象がくるにしろ、実は対処ができるのは
その準備ができているからである。
日本人は、古来より不規則かつ突発的に多くのあるものたちが来るため、
経験としてしみついており、その準備に余念がない。

台風・地震・津波が起きたときの人的被害が
諸外国と比べ押しなべて低いのは対応がいいのではなくて
すでに準備を終わらせているからである。

さて、ではなぜできているのかというと
それはやはり法治国家であるがゆえの法整備ができているということだろう。
国民から預かった税金をどのように(準備に)つかうのか?
それは会議を重ねに重ねた結果として(来る前に)決まっているのである。

私たちは、会議に参加していないので、こういう作品を観ると
つい会議を嗤ってしまいますが、それが始まる前に会議が終わっていること。
つまり終わらせた人たちがいることをこの作品は気がつかせてくれる。

(加筆)
ただし、製作者たちはこの『準備偏重主義のクニ』日本を諸手を挙げて歓迎している
のではない。昨今の脅威は、「ゴジラほどのらくろではない。」のである。
なので、本日も休日返上でどこかで会議は重ねていると思いますが…
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(加筆おわり)

3.60年経った今、改めてゴジラを描くこと

最初の問いに戻ろう。私が仲間内で話した中では「新」ではないかという
でも私は「真」を振りたい。SF好きの方ならば「幻魔大戦」という作品を
思い起こす人がいるのではないかな。

と思ったりもしたが実のところ・・・

「ゴジラ(を描くの)はつらいよ」

で「辛・ゴジラ」だったりして(笑)おあとがよろしいようで。ではまた。
(たーたららららーらー←男はつらいよのテーマのつもり。)
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コブタさん。買ってくださーい

『ワタクシ、生れも育ちも・・・(以下略)』

(校了:2016.8.21)


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