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【788節:大いなるときの流れの中で】最終節 [校了] [コラム]

嗚呼、どんなにか君が生まれてくることを、多くの人が望み、うれしがるか、わかるかい。

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そしてそういうわたし自身も、そういう存在であることを思い出させてくれるのも、やはり君。

たくさんの一族が同じことを行い、そうして私たちはこの時代(とき)、この地に居る。

また、ひとつの、いのちが、生まれた。
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わたしも、おなじことをするのだ。

いのちが続くために必要なことをしよう。それは本当に単純なこと。

わたしの親も、そのまた親も同様にしてきたことをしよう。

それが続くかぎり、いのちは 続いていく。

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・・嗚呼、親バカと嗤いたければ笑ってくれていい。

今日、上がってくる朝陽(たいよう)は、そう、今日、上がってくる朝陽は

君の頬を照らすために、昇ってくる。

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いのちが続くために必要なことをしよう。それはなに?

多くのよき人々に「恵」まれ、おおきな「みのり」ある人生を。

おしまい


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あの日から一年【東日本大震災】 [コラム]

あの日、あのとき。貴方は、どこで何をしていましたか?」
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(わたしは、いまの職場にはいませんでした。

職場から追悼『私自身は復興しました。』.png

あれから一年。34万人もの方が未だに避難生活をしている。

(中略)後日補筆

叶うなら、わたしはきっぱりとこう言いたいのだ。

「この星で、一番<にんげんをしている>のは、我が国の住人である」と。

いつか、先に逝かれた方々に再会したとき、こう報告したいのである。

「ええ、お別れした後も、わたしたちは精一杯生きて(からここに)きました。」

・・・明日から、367日目が始まる。

校了


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【報告】静かな海-Part2:仙台荒浜〜名取閖上(ゆりあげ) [コラム]

の、被災地を巡ってきました。。今は言葉もありません。ここに、「街」が生きていました。
ただ、眺め廻るだけで、疲れました。
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1.「ことば」の限界

<筆舌に尽くし難い>という表現がある。ことばが、現実に屈し、表現には限界があるという意味を表している。 
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2.古(いにしえ)のことばの重さ

去年の12月3日、実家の元町内会長さんが亡くなった。その人は長年町内会長を歴任し
地元の長老としてその街の礎となった。地主の一族だった彼の遺したことば。

「海のほうには、棲むもんでねぇ。」

仙台は、駅も内陸にあり、そして造成も歴史的に山を中心に築かれている。
そして、それには理由が在るのである。
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まず、「荒浜」に向かった。名付けられた名前とは異なる静かな海がいまは横たわっている。
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津波を引き起こした浜辺とは到底思えない。しかし、浜を振り返り、陸側を顔を向けるとそれは夢でない
ことを確認できる。

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生き残った木は、何を思うのか?
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慰霊碑に向かう。
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人間の奢りは、いともたやすく自然に飲み込まれた。
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荒浜の小学校には、バイクが<帰らない持ち主>を待っている。
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閖上へ。(続きます。
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「爆心地」ということばが脳裏に浮かんだ。。。
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いつも。いつまでも・・
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【報告】静かな海 [コラム]

「サー、サー」今は静かな漣(さざなみ)のみ、それ以外の音は聞こえない。

七ヶ浜のとある浜に赴く。海水浴客が、ただの一人もいない。

2011年夏。私は、この光景を生涯忘れない。
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そこに住む人々の「ささやかな生活(みらい)」も根こそぎ流された。

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津波の被害、その復旧の進捗具合は、地域差がかなりあることが分かる。
前日に行った本塩釜、松島海岸は、かなりの復興の進みを感じたのだが・・

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・・・津波は、この堤防を超え、松林を抜き、居住区を飲み込んでいった。
誰がこれを「予想」できただろうか?

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遠くに確認できるのは、砂没したコンテナやボート。そのため、この浜は今年「浴場」には成れなかった。

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威容な雰囲気の膨大なるがれき。
今は「積み上げられるところ」に積んでいるのみ。<処理>には至ってはいない。
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七ヶ浜漁協にも行ってみた。
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・・・

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仙台港付近。

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・・・一歩一歩進んでいこう。復興の歴史の一員として。
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『私の体が元に戻りますように。私の知っている人に、もう一度幸せが訪れますように。』
そんなことを、心のなかで強く願った。

・・・貴方にも聞こえているはず。幾重にもつづく<波の声>が。。

報告おわります。

 


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【東日本大震災】200/2000&写真の持つちから [コラム]

・・・約分できるんじゃないかって?僕(朱色会)は<割り切れない>な。

「asahi.com社説:震災遺児2千人―私たち皆で支えてゆく

2000人:大震災で父親、母親のいずれかを亡くした子ども(遺児)の数(推計)
200人余り:両親ともに失った孤児

・・・日本社会の案件トップ10に入る(きっぱり

なぜか?この子たちが普通の遺児と異なるのは、
家族・地域社会・親戚も押しなべて同じ境遇で、体力・心力共に乏しいのだ。
本来支えるべき周りの大人たちも余力がまったくないのだ。

 

社会の根幹(存在意義)は、「弱いものを守り、そして育てる。」のはず。

私たちも社会の中で、そう育てられ大きくなり、各々がある程度の力を持つに至った。

お返しは必要だし、それをせずに瑣末なる理由でこの世を去ることは許されないのだ。

~~~~つづいて、感銘を受けたiアプリ。

講談社 「3/11 Tsunami Photo PROJECT」(¥170)
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著名なカメラマンの共著によるあの震災のフォト集

208枚のフォトが見る人に強く語りかけてくる
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こと、リアルな災害に関しては、文・絵とも、写真には適わないな。

漫画を立ち読みするくらいならば、是非ごらんいただきたいです。

ひとつひとつやっていくしかない。

日本は長い間をかけて、それをやり遂げる。
私はそれを信じている。

(追伸:20110818)朗報。カンドーした(↓

異例の長期25年、孤児を支援 ロート製薬、他社と基金設立へ

 

涙)もう、目薬とサプリはロートからしか買わない。(きっぱり

ロート。いいぞ!

校了


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